2018.05.30

スタイリストブログ

Merletti—-愛の糸をつむいで

 

フィレンツェのマダム達が集まり開催している刺繍クラブ

そのリーダーは活発なイタリア人のジャンナという女性であった

短くカールされた赤毛そして褐色に日焼けした肌の元気なマダム

ご主人は眼科医をされていると聞いた

 

そんな彼女がある日の午後私をポンテヴェキオのすぐ近くにある自宅に招待してくれた

扉の下でカンパネッロの呼び鈴を鳴らすと私の到着を待っていたかのように

すぐに扉が開き私はエレベーターに乗り3(terzo)のボタンを押した

彼女は玄関で私を微笑みなら歓迎してくれた

 

自宅スタイルのゆったりとした黒のワンピースの彼女は

いつも見るジャンナよりとても優しいイメージであった

 

イタリア人の自宅に招かれるとまずは家の中を案内してくれる

廊下に飾られた絵画はきっとすごく貴重な作品であることが

素人の私にもわかるほど重厚な空気を感じた

長い廊下を抜け最後に彼女は私をリビングに案内した

真っ赤なビロード素材の大きなソファーそしてテーブルにかけられた

クロスはメルレッティというレース技法で作られたものであった

生活感を感じさせない整った空気に私は息を飲んだ

 

 

この技法はローマ古代時代から始まったと言われている

今でもヴェニスのブラ―ノ島では熟練された職人達がこの作業をしている

1500年代には貴族の女性達がお喋りをしながらメルレッティを楽しんでいたそうだ

 

ソファーの横に置かれた大きなテーブルの上には無数の写真が飾ってあった

銀製の額縁の中に幸せそうなジャンナとご主人の写真が輝いていた

その周りにはお子さんの写真そしてペットの写真そしてクリスマスの家族写真

ジャンナは幸せそうな顔をしてその写真達を眺めながら私にひとつづつ説明してくれた

 

 

ご主人との愛を育みそしてファミリーに伝えていく歴史

まるでここに掛けられているレースのように紡がれた愛の糸

 

ジャンナはとびきり美味しい紅茶をイギリス人のお友達から頂いたの!と

La cassata fiorentinaというフィレンツェのお菓子と共に出してくれた

洗練されたティーソーサーは金箔で縁取りされたクラシックなもの

スプーンは銀製のものーー邸宅の午後の紅茶

特別でなく日頃から使うことこそ日常の心に必要な身だしなみのような気がした

 

彼女の綺麗な仕草や話し方は一日でできたものでなく

毎日彼女が感じる綺麗の数を蓄積したもの

あの時33歳だった私は年を重ねることに少し不安を感じていた

少し覗いた彼女の私生活は私に大きな希望を与えた

 

彼女の家を後にして、

ポンテヴェッキオを渡る私の足取りは軽快だった

 

 

Merletti —-愛の糸をつむいで